社会生活をおくる力
こんにちは さえすけ父です。
先日娘たちにカキ氷をと、並んで待つことがありました。娘は大好きなカキ氷がはやく食べたいと落ち着きません。はやくはやくという気持ちからか足踏みをはじめ、後ろに並んでいる男性の足を踏んでしまいました。
こういった事態を未然に防ごうとしているつもりですが、すべては防げないですね。両親そろって”しまった!”と思いながら即座に「ごめんなさい」と謝りました。
その男性は足を踏まれたこともそうですが、私たち夫婦の即座の反応にびっくりしているようでした。そしてどうして本人が謝らないのかと疑問に感じたと思います。
と言うのはごめんなさいと言った後”娘に謝らせないと”と思ったのですが、そういったトレーニングをしてこなかったので、かえって相手に不快感を与えてしまうななどと考えているうちにタイミングを逸してしまい何もできずにいるときに、”きっと疑問に感じているだろうなぁ”と思ったからです。
もう小さくてかわいい子ではなくなってきているのですね。本人の認知力も上がってきました。今が本格的に社会生活のトレーニングをしはじめるタイミングだと感じました。
まずは娘に人の足を踏むと相手はどう思うのかをストーリーにして教えようと思います。そのうえで、だからそうしてはいけないのだとつなげていきます。
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tp-blogではみなさんと双方向でやりとりすることもできるといいなと思っています。今回の記事に関連してみなさんの体験や工夫していることなどをコメント欄に書いていただけるととてもうれしいです。
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コメント
こういう場面って結構ありますよね。
私の場合、ヘルパーとしてだったら、謝罪をした上でしっかり事情説明をするところまでやると思いますが、親としてとなると、そこまでやれるかどうか自信がありません(わが子に対してはどうしても冷静になれませんので・・・)。
社会の中では、ただ「障害があるから」では、通らない事も多々あるわけで、経験を積み上げていくことこそが、将来に向けてのトレーニングになると思います。
親となると、そういう経験があると萎縮してしまい、ついつい消極的になることもあるかもしれないですが、ある意味開き直っていく事も必要なのかなと思います。そういう事があった時こそ、積極的にいきましょう!
投稿: ウォーリー | 2006年8月16日 (水) 22時31分
ウォーリーさん こんにちは さえすけ父です。
「経験を積み上げていく」
そうすることでいつの間にかできるようになってたってことあります。機会を逃さず経験を積み上げていくようにします。
投稿: さえすけ父 | 2006年8月17日 (木) 08時00分
さえすけ父さま ご無沙汰です^^;
偶然か 先日実は わが息子うたも似たような経験を
そんなときいつも 思い出す話が
依然聞いた 丹下氏の話
『彼らにもあるんです 交通事故にあう権利』
極論だとは思うけど 親が先回りして 危険や困難を
すべて回避することよりも こういった小さな積み重ねを
重ねることは 親にとっても子にとってもよいことだと
思います。
次に同じような場面に遭遇したときに 違った対応ができれば それでいぃ そう思います。
投稿: snow | 2006年8月17日 (木) 09時38分
うちのちょびの場合は、なんでも過剰に「入りすぎる」のでむしろ注意が必要です。というのも、
「こういう時はどう言うの?」
というトレーニングをずっとしてきた結果、「ごめんなさい」を言うことに強迫的になり、相手が自分の納得のいく反応をしてくれるまで半泣きで言い続ける、というおそろしい事態になりました(泣)。
ちょっと周りが「あっ」と言っただけで、「ごめんなさい!」をくり返しはじめ、相手が「いいよ」と言うまで続きます。大人ならすぐに「いいよ」と言ってくださる率は高いのですが、同年齢のお子さんや、ましてや同じ障害を持つお子さんとなるとすんなり許してくれないことも多く、パニックにつながります。
むずかしいですね~。うちの場合は極端な例でしょうが、とりあえず「こんな時にはどう言うの?」というトレーニングは、実地訓練以外にも、ソーシャルストーリーにして机上でもくり返す必要があると思います。(悪いときだけじゃなく「ありがとう」などのうれしいときにもね♪)
投稿: めめ | 2006年8月17日 (木) 11時17分
snowさん こんにちは
>親が先回りして 危険や困難をすべて回避することよりも
>こういった小さな積み重ねを重ねることは親にとっても
>子にとってもよいことだと思います。
なるほど、そうなのかもしれませんね。なんでも先回りしてきたのかもしれません。しっかり見守った上でいろんな事を経験させていけばいいんですね。
投稿: さえすけ父 | 2006年8月17日 (木) 22時49分
めめさん こんにちは
ちょびくんは入りすぎてしまうんですね。その子に合ったやり方が重要なんですね。また実地訓練だけでなくソーシャルスト-リ-にして机上でもくり返すことも大切ですね。そして、つい問題行動のみに焦点を当てがちですが、「ありがとう」などのうれしいときのトレ-ニング、勉強になりました。
投稿: さえすけ父 | 2006年8月17日 (木) 22時59分
障害児に限らず「健常」の子どもたちにも「失敗する機会」を与えたいですね。また、われわれ大人も、一生かけて発達するという意味では「発展途上人」だから、「失敗する」機会をたくさん持ちたいと思います。
子どもたちは、大人たちがすっかり“お膳立て”をしたり、“防波堤”を作ってしまったりすると、「自主的・創造的」に動いて、失敗しては次につなぐという「発展」を経験できません。いわゆる、“指示待ち族”になっていしまいます。ふみちちが学童保育の指導員だった時は、この指示待ちの子どもたちと日々たたかい(?)でした。
SNOWさんが紹介されていた丹下氏の言葉は、たしかに「極論」かなとも思いましたが、それぐらい障害児にとっては経験が大切だということだと思います。
そしてもうひとつ大切なのは、失敗をいかに受け止めるのかということ。「失敗をしてもいいよ」っていいながら、それを発達や成長に結びつけるだけの世の中の「子育て力」がなかったら、たんなる“迷惑千万”に終わってしまいます。もちろん、いつもやさしく包み込むように対応してもらうだけでなく、叱咤激励だって必要ですよね。さらに、子どもさんによっては特別な対応を必要としますから、障害に対する世の中の理解度をもっと上げていかなくちゃあいけませんね。
わが子に関して言えば、親はひたすらあやっまてばかりでいて、「もう少し何か工夫せんかい!」と自分を叱咤激励する日々ですが・・・。(^_^;)
投稿: ふみちち | 2006年8月18日 (金) 14時13分
ふみちちさん こんにちは さえすけ父です。
ふみちちさんのおっしゃることはうちの会社の状況にぴったり当てはまります。大人の”育てる力”が落ちてきているのでしょうか。これについては家の中だけでなく外でも対応策を考えねばと思っています。
投稿: さえすけ父 | 2006年8月19日 (土) 00時35分